5:「地獄とは神の不在なり」

今回は、まなみちゃん推薦の短編について、みんなで語り合います。この作品は50ページ以上で、前回の「手を握る泥棒の物語」の次に長い作品です。宗教を題材にしたSFという、かなり異色な作品で、新鮮な印象を受ける人も多いと思います。それでは、あらすじから、どうぞ。

「地獄とは神の不在なり」テッド・チャン 訳:古沢嘉通

あらすじ *ネタバレ有り

天使が自然災害のように降臨する現代が舞台。不幸な境遇に生まれ、神を信じない男は、敬虔な妻と出会って幸せを掴む。

しかしある日、天使の降臨による事故で妻を失ってしまう。キリスト教の教えでは、神を愛さない者は天国に行けず、自殺者は地獄行きとされる。妻と再会するには「神を愛し、自然に死ぬ」しかないという矛盾に直面した男は、救いを求めて旅に出る。

旅の途中で神に対して異なる価値観を持つ、様々な境遇の人々と出会う。最終的に、「それを見れば誰でも天国へ行ける」と言う、天の光を見た主人公は、神を愛するようになる。その光を見た直後に、天使の降臨に巻き込まれて命を落とした主人公だが、死後に彼が辿り着いたのは、天国ではなく地獄だった。

まなみちゃん推薦理由

まなみちゃん

私は、テッド・チャンという大好きなSF作家の作品を選びました。彼は短編を出すたびに賞を取っているような、本当にすごい作家さんです。
この作品は昔読んだんですけど、何故か自分の中で強く印象に残っていて、今回「好きな短編を一つ挙げてください」と言われ時も、真っ先にこの作品のことが頭に浮かびました。

私は作品の構造を分析することよりも、ディティールから世界を深掘りして読んでいくのが大好きです。だから今日、いまちゃんが作品の構造の話ばっかりしていて、びっくりしました(笑)。
この作品だと天使や神様といった、私たちにはあまり馴染みのないテーマから始まります。そこから「なんで?天使が降臨するんやろ?」とか、「地獄で人々が普通に暮らしているっていうのは、もしかして私たちのことなんかな?」といった細部の設定に惹かれて、考えさせられたのが、この作品を好きになった理由ですかね。今まで読んだことのないような不思議な話で、「こんなの初めてだ」と思ったんです。

それに、今回の座談会でみんなが選んだ作品を読んだことで、自分が好きなものの傾向が、自分の中でハッキリしたと思います。私は、短くてスパッと終わるような話よりも、よーちゃん。みたいに、じっくり深く読み込めるような作品が好きなんだなって、改めて感じました。

みんなの感想

いまちゃん

この作品って、主人公の視点で読んだら、ものすごく悲しくて、不条理な話じゃないですか。でも俯瞰で見たら、すごく精巧に作られていて、興味深い話だと思うんですよね。
僕は構造を見るタイプなんで、かなり俯瞰で読んでいました。そしたら最後に主人公が地獄に落ちた時に、不条理すぎて「無茶苦茶やん」って思って、読んでて笑ってしまったんですよ。
だから、まなみちゃんは、どういうテンションでこの作品を読んだのか?が気になりますね。まなみちゃんは僕よりも断然、作品の主人公とかに共感しながら読むタイプだと思うんですけど、この作品を、主人公に寄り添って読んで、落ち込んだりしましたか?

まなみちゃん

主人公目線で読んだり、落ち込んだりはしなかったかな。
私がこの小説を「めっちゃ面白い」と思った理由の一つに、「語りがすごく俯瞰してる」っていうのがあるんよね。すごい上から、神の視点で「ちっちゃい人間たちが、何かやってんな」っていう目線で読めるという点を含めて、この作品はすごく面白いと思ったんよ。「主人公の真横には居ないけど、遠くで主人公達に共感する」っていう読み方ができて、すごく好きやったんよね。

いまちゃん

なるほど。その説明を聞くとすごい、まなみちゃんっぽいなって思いました。
「すごい傍から見てて、基本的にはクールだけど、ディティールに共感してて、細部に拘る」っていう点が、まなみちゃんらしいですよね。この作品も、まなみちゃんも「一歩引いた共感」っていう雰囲気がしますもんね。

けーくん

「すごい俯瞰で描かれている」ってのは、僕も読んでて思いました。
真横に居て「わかるよ!」って思わせる作りじゃなくて、遠くから見て「わかるよ、わかるよ、、」って思う感じだもんね。

よーちゃん。

私はみんなと違って、主人公に寄り添った気持ちで読んでたけど、落ち込みはしなかったかな。最後の展開も含めて、主人公に対して「可哀想!」って思うよりも、「話の全体の流れとして、やっぱり、そうなるよね」っていう風に思ってしまった。
最後、主人公は神を愛するようになった直後に死んだけど、それまでは神を愛せなかった訳だから、「そりゃ、そう簡単に上手くは行かないよね」って思う。
「愛した途端に裏切られる」とか、「失ったり手放してから気づく」みたいなことって世の中にも多いよなって、共感したかな。

ただ、この作品を読むのは、凄く難しくて、時間もめっちゃ掛かったんよね。でもそういう、サラッと読ましてくれない作品を「好き」って言う所が凄く「まなみちゃんぽいな」って思ったかな。だから、まなみちゃんから紹介して貰ったからこそ、より一層この作品を面白いと思えた気がする。

まなみちゃん

そう?なんか、心理テストで自分の中を見られたみたいで、恥ずかしいかな。(笑)
私はえっちゃんが選んだ「おーい でてこーい」以外は、「選んだ人の性格と、作品の傾向が似てるな」って思ったかな。

けーくん

僕は逆で、選んだ人と作品は切り離して読んでたかな。そこについては深く考えず、普通に「みんな、こういう小説を読むんや」って思いながら読んでた。

いまちゃん

僕は今回、この作品と同じ短編集に入ってた、テッド・チャンの他の作品も幾つか読んでみました。「おーい でてこーい」の時にも話した「バビロンの塔」って作品と、「メッセージ」っていう映画にもなった「あなたの人生の物語」の2作品ですかね。でも、割とその2作品はプロット寄りの作品で、おそらくオチ先行で物語を作ったなみたいな感じだったんですよね。
一方で、これは僕の予想なんですけど、「地獄とは神の不在なり」ってキャラクターとか世界観とか、そういうディティールを先行で作ってると思うんですよね。で、細部が固まってから、「じゃあ、ここの展開はどうしようか?」みたいな感じで、後からプロットに当てはめて作った、みたいな作品だと思うんですよ。
だから今回、まなみちゃんが「プロットとか構造よりもディティールの方が好き」と言ってて、本当にそうなんだろうなって思いました。

まなみちゃん

それは間違いなくそうだね。
SF小説って多分、プロットから組み立てられることが多いと思うんやけど、この作品はSFっぽくなくて、凄くエモーショナルだよね。

けーくん

我々日本人って、もちろん敬虔な人もいるけど、「キリスト教の神」とか「天使」とか、そう言うのに疎い文化圏じゃないですか。だから小説の最初に「主人公が神を信じるようになるまでの物語である」って書いてあって、「この人はこんなにも神を信じてないのに、どうやって最終的に信じるようになるんやろ?」って思いながら、ずっと読んでたんですよね。
そしたら最後、「天使が降臨する時に放たれる光を見たら、神の素晴らしさが分かって、神を愛するようになりました」って言う展開だったんですけど、結局最後まで物語に神は登場しなかったんですよね。だから、「こんなに宗教的な話なのに、一回も神が出て来ない」っていう所が、すごく神という存在を、よく表してるなって思いました。
その後の、「地獄では、地獄に落ちた人間が普通に暮らしてる」みたいなオチも、読んでる時は「何かのメタファーなのかな?」と思って読んでました。でも、よく考えてみると「別に、普通にそういう世界観なんだな」って思って、妙に納得してしまいました。
読んでて最初はとっつきにくくて、「特殊な世界観だな」と思ってたんですけど、意外と最後まで読んだら、「我々の住む世界観とそんなに違わないな」と思いましたね。だから、この作品は「宗教の話であって、宗教の話でない」みたいな印象でしたね。
そう考えると、この作者はすごい宗教が嫌いで、無宗教なのかな?って思いました。

いまちゃん

僕も気になって調べてみたんですけど、テッド・チャンは自身が無宗教であることを公言してるらしいですよ。
作品内の登場人物の設定とかも、宗教における論理的な矛盾みたいなのを突いた、意地悪なキャラ設定が多くて、凄く面白かったです。
一番面白かったキャラは、「人を殺したり、他にも重罪を犯しまくって死刑を宣告された男が、執行寸前に天の光を見て、執行後に天国へ行けた」とかいう、もの凄く都合の良いキャラクターですかね。宗教を批判する人が、宗教を信じる人にする、意地悪な質問ってあるじゃないですか。「じゃあ、こういう場合、この人は救われるの?」みたいな。そういう意地悪な質問を、よく作品に落とし込んだよなと思って、感心してしまいました。そのキャラ自体は作品内では、一例として、少ししか出てこなかったですけど、他にも色んなスタンスのキャラが出てきて面白かったです。

えっちゃん

私もみんなと同じように、神の視点で読んでみたかったです。でも、ちょっと自分の人生とリンクする部分が多くて、感情移入して読んでしまいましたね。
私は、この作品を読んで、聖書のヨブ記を思い出しました。めちゃざっくりいうと神が理不尽な事ばかりを起こす話なんですけど、主人公のヨブはそれでも神を信じようとするんです。ヨブは最終的に全財産を失った挙句、息子まで殺されてしまうんですよね。そこでヨブが一度だけ神を疑ったら、「私を疑うな」って言う神の声が聞こえてきて、ヨブは「分かりました」と言って、もう一度神を信じてみます。すると、ヨブはお金持ちになり救われました、って言う話なんですよね。
さっき、いまちゃんが言ってた「もの凄く都合の良いキャラクター」もそうですけど、例えばずっと悪いことをしてきた人間でも、心から神を信じることができたら「どんな人でも救われる」っていうのが宗教なんですよね。だからテッド・チャンは、自身の信仰はともかく、宗教っていうものをすごく研究して書いてあると思います。研究し尽くした結果、無神論っていう所に至った人なんだろうなと思ったので、そういうブレない姿勢には憧れますね。

いまちゃん

今回みんなが選んだ5人の作家の中で、テッド・チャンだけが唯一、兼業作家で、小説家を本業にしてないんですよね。本業が別であるから、年に1作品ぐらいのペースで、練りに練った短編を発表するみたいなスタイルらしいです。
僕が選んだ筒井康隆とか、他の作家もそうですけど、普通に年に何冊も出版するし、普通はそうしないと生活できないじゃないですか。でも、テッド・チャンは自分が納得行く作品だけを、自分の好きなタイミングで発表できる訳ですよね。
この作品も、かなり壮大なテーマだし、別に長編で出してもいいような作品じゃないですか。でも、「何でこれ短編でやってるんだろう?」って考えると、それは「書く時間の制限と、自分が納得の行くクオリティを追い求めた結果」なんだろうな、と思いましたね。

えっちゃん

この作品は、宗教とかテーマとかを置いておいても、世界観の設定がファンタジーとして、作品としてすごい面白かったです。テッド・チャンはすごいって、名前だけ聞いてたんですけど、今回読んで凄く良かったんでまた他の作品も読んでみたいなって思いました。

作品の内容が濃い割には、記事としては意外と短く収まりました。個人的に、今回の5作品の中で一番大きな収穫はこの作品でした。「メッセージ」の映画版ぐらいしか見たことがなかったので、時間がある時に、またテッド・チャンを読んでみたいと思います。
この座談会も、次回でようやく最後です。よーちゃん。推薦の「桜桃(おうとう)」をお楽しみに。

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