4:「手を握る泥棒の物語」

ようやく、この連載も折り返しに入りました。今回は、けーくん推薦の作品です。前回の「おーい でてこーい」は文庫で9ページと、5作品の中で最短でしたが、今回は逆に、文庫で55ページと5作品の中で最長です。

作品内の要素が多すぎて、簡略化したあらすじを作るのが一番難しかったです。正直、今回の記事だけでは、あまり作品の魅力が伝わらないかもしれないので、気になる人には是非、作品を読んで貰いたいです。

「手を握る泥棒の物語」 乙一

あらすじ *ネタバレ有り

人生が上手く行かない主人公。そんな彼の住む街に、金持ちの叔母とその娘が旅行に来る。

主人公はこの機会に、叔母が泊まる宿の部屋の壁に穴を空け、その穴から手だけを入れて金品を盗む計画を実行する。しかし、穴から手を入れたところ、偶然にも部屋の中にいた若い女性と手を握ることになってしまう。盗みを働こうとしていた主人公は、その女性と会話するうちに心を動かされ、人生をやり直す決意を固める。

後に、実はこの女性は叔母の娘ではなく、叔母の隣の部屋に泊まっていた、一流の女優であったことが判明する。

けーくん推薦理由

けーくん

僕は昔から乙一が好きで、よく読んでました。
僕はいつも同じ作者ばかりを立て続けに読んでしまうので、こんなふうに一気にバラバラの作家の作品を読んだのは今回が初めてで、いい経験になりました。そこで改めて思ったのは、作家によって書き方とか表現の仕方が本当に全然違うな、ということです。
乙一は「短編が多いから読みやすい」っていうのもあるんですけど、長さだけじゃなくて、乙一の書く文章そのものが、すごく読みやすいんですよね。テンポが良くて、「すっすっ」と進む感じがします。
そんな読みやすい乙一の中でも、この作品は内容が黒すぎず白すぎず、ちょうどいいバランスだなと思って選びました。

でも、読みやすいという理由で選んだのに、今回の5作品の中では一番長くて、50ページ以上あると後で気づきました。それに、乙一って暗い作品が多いんですけど、この作品は逆に平和すぎた気もします。
僕の選出は、長すぎず読みやすかったのか?、内容が白すぎなかったか?、みんなの感想も聞きながら、そのあたりを話せたらいいなと思います。

みんなの感想

えっちゃん

けーくんは、「一番好きな短編を持ち寄る」というテーマなのに、他の座談会メンバーのことを気にして、「読みやすいか?」とか「作品の雰囲気が黒すぎないか?」とかも考慮して選んだんですね。気遣い屋な性格がよく表れているなと感じました。
私は、そこは気にせずに選んでもいいんじゃないかな?と思いますよ。

いまちゃん

僕は、この作品も、「おーい でてこーい」と同じく、おそらくプロット先行で作られているとは思いました。でも「おーい でてこーい」と違うのは、後からちゃんとキャラクターの設定も作られている所ですかね。だから、「今回の5作品の中では、最もプロットとストーリーのバランスが良い作品だな」と思って読んでました。すごく模範的?な小説と言ったら変ですけど、「短編小説を書く授業で、優等生が書いてきた作品」みたいな感覚でした。
ただ僕は、こういう、ある種の謎解き系の作品が少し苦手なんですよね。ミステリー小説って、例えば「全然関係ない脇役の履いてる靴の色」とかがオチに絡んできたりする。後からそうやって伏線が回収された時に、「あれ、そんなんあったっけ?」ってなって、面白さが半減するのがすごい嫌なんですよね。
特にこの作品は、今回の5作品の中で一番要素が多いですよね。「この叔母さんが、オチに関係してくるのかな?」とか思って注意深く読んでたら、意外と関係してこなかったりとか。読んでてそういうのが、本当にしんどいんですよね。

けーくん

いまちゃんは、脳のリソースを割きながら読むんですね。読みながら自分も探偵にならなくていいのに(笑)

まなみちゃん

うん、そんな風に読まんでいいよ(笑) 
私は読む時、一旦さらっと読みつつ、「何か、これちょっと関係ありそうやな」って思った所は、自分の中で軽くフックかけておくかな。で、最終的にもう一回そのワードが出てきたら「あああれね」って、ちょっと読み返したりするから、そんな最初から完璧に全部覚えたりはしないね。
でも読み慣れてくると、私の場合、キーワードが見えてくるんよね。映画見てても、たくさん見てるうちに、「犯人、大体この人なんやろな」みたいに分かるようになってしまった。でも、それが本当に嫌なんよね。今回も「この映画撮影の件とか、後で出てくるんやろうな」とか思いながら読んでた。

よーちゃん。

まなみちゃんが言ってる事、分かる!
私も「大体この人やねんな」って思うもん。

けーくん

僕はどちらかというと、小説とか読むときに、よくあるオチのパターンを覚えておくんですよね。そういうパターンの中から、「この話は、このパターンなのかな?」っていう感じで、作品を読んでいきますね。
だから、同じジャンルを読めば読むほど、作品への期待のハードルが上がって行きます。映画見てても同じ感じですね。

いまちゃん

そういう意味で何か、ミステリーって明確に他のジャンルと隔離されたローカルな雰囲気がありますよね。極端な話、能とか歌舞伎みたいに、「そのジャンル内での美学を追求して行く」みたいなジャンルなんでしょうね。
僕はジャンルを横断したり、そのジャンルを俯瞰で見たりするような、普遍的な面白さを追求する作品が好きなんですよね。だから、いわゆるミステリーは読んでて疲れる割に、あまり面白いと思えないんですよね。
だから、ルール違反みたいなトリックじゃないと、好きじゃないかって。叙述トリックとか趣味じゃない。その全員犯人でしたとか。書き手が犯人でしたとか、そういう犯人だと思ってて。犯人じゃないと思ったら犯人でしたとか。アガサクリスティーとかは、本格ミステリーの生みの親ですけど、意外とルール違反みたいなトリックが多いじゃないですか。何かそういうのはわかるんですけど。

えっちゃん

いまちゃんは、丁寧に読みすぎて、しんどくなり過ぎちゃうんでしょうね。私は、そういうふうに読みたくても読めないですね。
私がミステリーを読む時は基本、頭を空っぽにして読みます。これまでもミステリーをたくさん読んできたけど、今回の話も、最後までずっと姪っ子さんだと思ってました。だから、「女優さんなんや!」って普通に驚いて、「良くできた話だな」って思いましたね。

いまちゃん

前回取り上げた「おーい 出てこーい」は、「テーマに共感した」みたいな感想が多かったですよね。
でも、そういう意味で言うと、この作品は何をテーマにした作品だったんでしょうかね?

けーくん

「伝えたい事」は、特に無いと思う。
そういうエンタメとして、面白いかどうか?で作られてるのがミステリーだと思う。

まなみちゃん

私もそう思う。ミステリーって美学みたいに、「散らかってた物が、綺麗に整理されて、最後まるっと収まりました」っていう、完成度そのもののテーマだと思う。

よーちゃん。

私は、この作品を読んで、最初に「乙一節が炸裂してるな」って思ったかな。
あと、「思い込みって怖いな」とも思った。「ここにこれがあるはずや!」って、自分のことばっかり信じてたらあかんなって感じたから、すごい面白かった。

まなみちゃん

テーマや!テーマを見出してる!

いまちゃん

僕は自分が挙げた筒井康隆の「最悪の接触」とか読んでても、「コイツ無茶苦茶や!(笑)」みたいに、かなり客観的に読んでたんですよね。でも、よーちゃん。の話を聞いてると、すごい作品に寄り添って共感して読んでたりするんで、僕と本当に読み方が全然違うんだろうなって思いますね。
よーちゃん。は、おそらく作り手が意図してないはずのテーマでも感じ取れるぐらい、テーマに感度が高いですよね。でも、「何でも共感できる」って、それって生活しててしんどくないですか?

よーちゃん。

しんどいよ、共感力強いと。私なんか日常生活でも共感ばっかりやからね。
だから私はいまちゃんの推薦した「最悪の接触」を読んで、「外国人にグチャグチャされる日本の未来」が見えたよ。

まなみちゃん

そこまで見えた?(笑)

えっちゃん

私も乙一好きなんですけど、思いの外、自分がこれまで読んで来たのは
、黒い乙一ばっかりでしたね。久しぶりにこんなに白い作品を読んで、「乙一読んで、爽やかな気持ちになれるんや!」っていう、不思議な体験をしました。やっぱりこういう機会がないと、自分では選ばないから、面白いなと思いますね。

けーくん

この作品が収録されてる「失われる物語」はちょっと白い作品が多いかな?という気がしますね。今回のもほっこり系ですし。
僕は「死にぞこないの青」とか、乙一のそういう黒い作品も好きなんですけどね。

まなみちゃん

私が読んだ感想としては、しっかり要素があって、ちゃんとオチに理屈がある所が、「すごい、けーくんっぽいな」と思いました。
乙一で言うと、私は最近「箱庭図書館」を読んだり、昔、「夏と花火と私の死体」にハマって、何冊か読んだりしていました。その頃から「乙一の文章って、アニメを見てるような感じだな」って思ってますね。邦画みたいに難しくて何を伝えたいのか?分かりづらいものじゃなくて、読んでて映像が見えてくる。映像が、毎週やってるアニメーションみたいに見えてくる感じがしますね。

いまちゃん

僕は皆んなと違って今回、乙一を初めて読んだんですけど、「ラノベと大衆小説の中間みたいな文体だな」って思いましたね。今、一番売れてる小説の文体に、近そうな感じがしました。

けーくん

この作品は、角川スニーカー文庫っていう、アニメの原作とかラノベとかのレーベルから出版されてますからね。実際にこの作品、映像化も既にされてるみたいですよ。

今回は、各々のミステリーの読み方の違いが浮き彫りになって、面白かったですね。僕としては、「自分の思考パターンって、他の人とだいぶ違うんだ」という事を改めて違う側面から認識できたので良かったです。

書き起こし作業も、かなりしんどくなってきましたが、最後まで頑張ります。次回は、まなみちゃん推薦の「地獄とは神の不在なり」についてみんなで語り合います。

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