6:「桜桃(おうとう)」

最後は、よーちゃん推薦のこの短編です。70年以上前の作品で著作権も切れている為、青空文庫など、インターネット上で無料で読めます。個人的には青空文庫リーダーというアプリもお勧めです。
短い作品ですし、作品自体を読んでしまった方が良いかもしれませんが、一応僕が書いたあらすじからどうぞ。

「桜桃(おうとう)」太宰 治

あらすじ *ネタバレ有り

筆者が自ら命を断つその年に発表した、自身の苦悩を色濃く反映させた私小説。三人の子供と妻を養うために心労を抱える主人公は、明るく振る舞いながらも次第に思い詰めていく。そんな彼は「子供より親が大事」と自分に言い聞かせ、桜桃(おうとう、さくらんぼ)を食べることで自分の気持ちを落ち着かせる。

よーちゃん。推薦理由

よーちゃん。

私は、屈折した話や、人が思い悩んだり苦しんだりする話がとても好きです。だから「短編小説を選んでください」と言われたとき、真っ先に太宰治が浮かびました。本当は『人間失格』が一番好きなんですけど、短編ではなかったので今回は諦めて、『桜桃』を選びました。

この作品は、おそらく太宰が自身のことを書いているんだと思います。
育児や家事には参加していないけれど、どこかでいつも子どものことを考えている。その一方で、「親の役目を果たせていない」という後ろめたさがある。その気持ちを、“桜桃”という当時の高級な果物を食べることで紛らわせているのではないか。そう考えると、このタイトルには太宰の心情が象徴的に込められているように思いました。

それと、最近YouTubeで子育てのVlogをよく見ていて、子育ての大変さや、お母さんが孤独を感じている様子を目にすることが多いです。「世界が家の中で子供と自分だけなのかな?」と感じている人が多いらしく、私もそれに共感しました。そういう狭い世界の中でもがき苦しむ親が、「自分を大切にしてはいけない」と思い込んでしまう。「そんな気持ちの人が居るんだと気づいてほしい!」という思いもあって、今の時代にも通じる作品なんじゃないかと感じました。だからこそ、みんなにも読んでほしいと思って『桜桃』を選びました。

みんなの感想

けーくん

僕は、「これは、もはや小説ではなくて、太宰のエッセイやな」って思いました。時期的にも、この話が『人間失格』とかに繋がって行くんやろうな、って思いながら読んでましたね。

まなみちゃん

うん、短編小説っていうより、エッセイやね。
でも、推薦理由を聞いてると、「よーちゃん。は本当にテーマで作品を読んでるんや」って思ったかな。

いまちゃん

けーくんは、僕が選んだ筒井康隆の短編に対して「読みづらかった」と言っていましたよね。それで言うと、僕にとっては太宰治の作品は、読みづらくて仕方ないんですよね。
僕は、数ヶ月前に人生で初めて太宰の作品を読みました。『晩年』っていう太宰の最初の短編集に入ってる作品を幾つか読んだんですけど、どの作品も明確な起承転結や伏線回収とかがある訳ではなく、細かい情景が淡々と羅列されている、みたいな内容でした。それが、めっちゃ読みづらかったんですよね。
そこで「何で、こんなに読みづらいんだろう?」と思って調べてみて分かったのが、太宰は細部の情景や感情は思い浮かぶけど、全体の構成はあまり思い浮かばなくて、プロットを立てるのが苦手な人だったそうです。太宰自身にもプロットに対する苦手の意識があったらしく、小説を書くのにまだ慣れていなかった頃の初期の作品は特に、「細かい断片を無理やり繋いで短編にしました」みたいな作りになっているんですよね。
だから太宰って、僕とは思考回路がまるで違うんだろうな、と思います。全然違うからこそ、その違う所ばかりに意識が向いてしまって、それ以上の感想を出すのが難しかったです。「こういう人がいるんだ」「こういう小説があるんだ」という所で思考が止まってしまって、そこから自分の感情を基に、感想を出す所までいけなかったです。

けーくん

太宰って、いまちゃんが好む物とは、真反対なんだね。
なんか「読んでて感情を揺さぶられる」とか、なかったんですか?

いまちゃん

テーマや思想が強い作品って、作者が「この描写はテーマに沿っているのか?」を細部まで確認して、ジャッジしてから世に出るじゃないですか。そういう作品って、自分が共感できるか否かは別として、全体として不純物が無いから、美しいと感じることは多いです。
『桜桃』もそうで、桜桃という象徴を軸に、すべての文章がそのテーマに収束しています。その意味では完成度の高い作品だとは思いますが、読みながら「じゃあ僕はこれをどう受け取ったらいいんだろう?」という部分が上手く掴めませんでした。
みなさんは、この作品を読んで共感できましたかね?

まなみちゃん

私はめっちゃ共感したし、読んでて気分も落ちたかな。

けーくん

僕は共感っていうか、太宰を読んでると感情が引っ張られるんです。今回も読んで鬱屈としたり、「人間くさいな」と思ったりしました。太宰は人間の汚いところと綺麗なところを両方描いたり、人間の人間らしさみたいなものを表現するのが上手い人だなと思います。僕が、そういった描写を含む太宰の作品を読んで感情が引き込まれるのは、やっぱり彼の文章力が感情を動かす力を持っているからだろうな、と思いますね。
だから『桜桃』も、これだけ短かったけど、「すごく、太宰やな」って思ったし、昼休みに一気に読んだんですけど、昼から気分落ちましたね。

えっちゃん

私も、めっちゃ共感しました。
けーくんの言う通り、この短さで、結構感情が引っ張られますよね。

いまちゃん

でも、これ単純に疑問なんですけど、この作品内で太宰が置かれてる状況と、皆さんの今の生活って全然違うじゃないですか。
僕の場合は、例えば是枝裕和監督の『怪物』って映画を見た時に結構感情が引っ張られたんですよね。その時に僕が嫌な気分になった理由としては、作品内の「子供が学校で問題を起こして親が呼び出される」みたいな描写が自分の子供の頃と同じだったからです。
そういう、自分が経験した出来事と似た出来事が作中で起きて、それに共感するのは理解できます。でも、この作品内の太宰が置かれてる状況と、今の僕の状況って全然違うじゃないですか。まず時代が違うから家事や子育ての難易度も違うし、そもそも僕は親でも無いし子育てもしてないです。だから、どうやって共感するのかな?って思って。

けーくん

「罪悪感の持ち方」とかに共感するのかな?って思った。家事・育児を一切手伝わない主人公が、奥さんに対して、「家政婦を雇おうか?」って提案する描写があった。そういう、「自分が努力するとかではなくて、金で何とか解決しようとしている」みたいな事で感じる、奥さんへの罪悪感とかかな。「身近な相手に後ろめたい気持ちを感じながらも、その人に対して投げやりなことしか言えない」みたいな人間臭さに共感する人は多いんじゃないかな。

えっちゃん

登場人物の置かれてる状況も含めて、完全に共感するというよりかは、登場人物の感情に共感してるっていう感じですよね。

いまちゃん

なるほど、僕はそこまで読めてないかもしれないですね。

えっちゃん

私はこの作品を読んで、昔の自分を思い出しました。特に、「体は健康で動けるのに、気持ちが滅入っていて、布団の一つも上げられない」みたいな描写があって、それがすごく伝わってきましたね。
全体的に文体が昔っぽかったり、少し読みづらいところもあったので、読み終わってから軽く調べてみたんです。そしたら、みんなが言っていたように、この作品はエッセイみたいな部分があって、太宰の三人の子どもの状況が、作中の主人公の子供達の描写と、まったく同じだったそうです。
発達の遅い長男のことも、今の医療で言えばおそらくダウン症だったらしいんですけど、戦後すぐの当時はそういう言葉もなく、適切な支援を受けられなかったそうです。結果、太宰夫婦はどうしたらいいか分からず、本当に困り果てていたみたいなんです。そう思うと、胸が苦しくなりました。
テッド・チャンの作品を読んだ時も思いましたけど、私は自分と重ねられる部分があると、すごく入り込んで読んでしまうタイプなんだなと、今回の座談会で改めて感じました。

けーくん

えっちゃんが言うように、「この作品を読んで、昔の自分が経験した、あの感情を思い出した」みたいなのが共感だよね。映像、文章、音楽とかには、昔の自分の感情を引っ張り出す力があると思う。そういう楽しいことも嫌なことも、作品をきっかけに思い出す、それが共感だよね。

いまちゃん

極端な話、目の前で火傷してる人を見て、「熱っ!」って思う、みたいな。これって共感ですかね?

まなみちゃん

いや、そういう火傷したとか、具体的なことじゃないよ。そういう具体的な事実じゃなくて、感情やねん。もっとフワッとした感情だけが呼び起こされるねん!

いまちゃん

なんか、すごい説教されてますね、僕。

えっちゃん

私的には、共感って同じ気持ちになることじゃなくて、相手の立場に立って物事を考えることだと思ってるんで、共感のという言葉の前提が違う気がしますね。
逆に、すごいですね、いまちゃんは読んでて全く何も思わないんや。

いまちゃん

いや、読んでて「すごい大変な精神状態の人やなぁ」とは思いましたよ?
でも基本的には「ああ、そこでタイトル回収するのね」とか、「このセクションと、そのセクション、順番逆でも成立すんじゃないの?」とか、「主人公が一人称で書かれた文と、主人公が三人称で書かれた文が混在してるけど、視点を統一しないのは何故だろう?」とか、そんなことばっかり考えながら読んでましたね。

まなみちゃん

みんなも思ったかもしれないけど、私は「これ、完全にうつ病患者の日記やな」って読んでいて思いました。「表面では元気に取り繕ってるけど、内面では重たい絶望を抱えている」みたいな描写とか、まさに、うつ病患者の日記を、こっそり盗み見てしまったような気まずさがありましたね。
読んでいて「この作者、大丈夫かな?」と思ったので調べてみたら、太宰が自殺する直前に書いた短編とのことだったので、「あぁ、やっぱりな」と納得しました。
それと、前回の『地獄とは神の不在なり』の推薦理由で、私は「神の視点で悲劇を見ているのが好き」って言ってたと思うんですけど、この『桜桃』は太宰のエッセイみたいで、完全に作者、すなわち主人公の視点で悲劇が描かれているんですよね。だから読んでいるうちに、どんどん引きずり込まれてしまって、太宰の視点で私も一緒に絶望してしまいました。
私は感情を引きずられやすいので、こういう太宰みたいな作品は少し苦手で、普段はあまり読まないです。でも、今回はこの企画のおかげで、普段は読まないタイプの作品に触れられて良かったなと思いました。
それと同時に、「自分はやっぱり、俯瞰して他人の悲劇を見るのが好きなんだな」という、ちょっと暗い自分にも気づきました。

いまちゃん

えっちゃん、まなみちゃんは感情が引きずられたんですね。この作品を推薦した張本人である、よーちゃん。は、これを読んで感情が引きずり込まれることは、なかったんですかね?
僕はこの作品を読んで、「一番好きな作品として、こんな作品を選んでて、よーちゃん。の精神状態は大丈夫なのかな?」と思ってしまったんですけど。

よーちゃん。

私は太宰を読んで、感情が引きずられる事はないかな。太宰の心情を読んで、「こういう気持ちの人って、自分だけじゃないんや」って思えるから、なんか寄り添って貰えた気分で、安心感の方が大きいのかもね。

まなみちゃん

よーちゃん。は共感はするけど、引きずられないんやね。私は共感の行き着く先で絶望してしまう。でも、エンタメとして見るには、よーちゃん。の読み方の方が、正しいのかもね。
それと、いまちゃんも、よーちゃん。に対して「こんな作品選んでて大丈夫なんかな?」とかは思うんやね。

けーくん

何かアダルトチルドレン的な感じで、太宰は親から受けたものを自分の子供にもしてしまっている感じがあるよね。昔、太宰の親父が罪滅ぼしで桜桃を買って来てくれた事を思い出して、太宰は自分の子供にも同じことしてるみたいなのを感じたかな。
でも年齢かな、僕は昔よりあんまり感じなくなったかもね。20代前半の頃は『人間失格』とかもっと好きやったけど、今は割と作品に感情が引っ張られなくなった方かな。

いまちゃん

僕はみんなの話聞いてると、分からないというか、色々思えていない事が多いな、と思います。何か、正しい読み方が出来てないな、と思いました。

まなみちゃん

いろんな読み方の人がいるからね。正しい読み方なんかないよ。

前回まで構造についてベラベラ喋っていた僕が、みんなの感想に全くついて行けず、ポンコツ司会者ぶりを発揮しております。

これにて本編終了です。次回、最終回はおまけみたいな感じです。みんなに会の感想を聞いて行って、最後は僕のポエムで終わりたいと思います。お楽しみに。

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